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古寧頭戦役(金門島上陸)70周年

1949年10月25日に人民解放軍が金門島に上陸したので、あと2日で70周年になります。第18軍司令官であり、古寧頭戦役では第12兵団を率いて民国軍を勝利に導いた胡璉氏のお孫さんに話を聞く機会を得ました。セッティングしてくれた小詩人さん、ありがとう!!

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詳しくは何かにまとめたいと思いますが、『金門島上陸作戦』のゲームをデザインした際に感じた疑問がいろいろと解消されました。特に、教えてもらった人民解放軍側の資料はたいへん有益でして、これを先に読んでいたら、ゲームは別物になっていたと思います──つまり、金門島だけを戦場にするのではなく、厦門込みの戦役として見なす必要があることがわかりました。

  • 厦門を攻略してから金門島に上陸する(史実)
  • 金門島に上陸してから厦門を攻略する
  • 厦門と金門島を同時に攻める

の3つのプランが人民解放軍にはあったそうで、6月まで守備隊が存在しなかったし、厦門は要塞で守りが堅いと思われていたので先に金門島に上陸するというオプションは非常に有効だったと思われます。

人民解放軍が対戦車兵器を持たずに上陸したのか疑問でしたが、金門島にバズーカを持ち込もうとした。しかし3つのパーツをそれぞれ別のジャンク船で運んだので組み立てられなかった、というのが真相とのこと(糧食としての牛や豚まで運んでいたとのこと)。折からの強風で西側に漂流したため、海岸で故障していたM5の正面に出てしまい、すぐに発見され、また猛烈な防御射撃を受けたことなどを教えていただきました。

人民解放軍サイドでは、金門島上陸は勝ち戦だと確信しており、勝利の栄冠を各師団に与えるために複数師団から連隊を抽出して上陸させるという、コマンド・コントロール上の悪夢みたいなことが行われておりました。このへんは存じておりましたのでゲームに反映しています。

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気になるのが根本博元中将が古寧頭戦役で果たした役割。日本のウィキペディアには「金門島における戦いを指揮し、中共政府の中国人民解放軍を撃破」したとありますが、本当のところどうなの? 今回うかがった話では、湯恩伯の個人的な顧問としてアドバイスはしたものの、古寧頭戦役で「指揮し」て「人民解放軍を撃破」したとは考えにくい、とのことでした。金門島で反撃を行ったのは胡璉将軍の第18軍と、辛うじて揚陸が間に合った第19軍(特に第18師団)でして、湯恩伯の司令部は戦線のずっと後方にありました。

もっとも上海で聞いた話だと「台湾側の資料にも嘘(宣伝)が多いので当てにならない」なんてことを言われましたが。

その後、小詩人さん宅にて『戦棋』次号付録ゲームの徐州会戦をプレイさせてもらいました。

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日本軍が南北から攻め込む、フルマップ2枚の大会戦!! 私、以前に『Iron Guards: Battle of Shanghai』をプレイした後でダウンサイジングした『上海・南京作戦』をつくった前科があるものですから、「また小さいのつくる気やろ!?」と突っ込まれました。うん、マップ1枚で2時間くらいで終わる徐州作戦ゲームを作りたくなりました。



上海の黒猫さんも申し込むと言っていたけど、間に合ったのだろうか。
メーカー売り切れとなった『Pacific Subs』。日本版どうですか!?
> 土星の輪に敵を誘い込んでの特別ルールなどは無く
最初ルール用意していたんですが、面倒なのと展開が誘導的になるので省略したような覚えが。



by yas_nakg | 2019-10-23 12:34 | ほぼ日

歴史系ストラテジー・ゲームの話が中心です。


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