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2012年 08月 25日

ノモンハン1939

ノモンハンの戦いを1939年7〜8月の2カ月に及ぶ戦役と考えれば作戦級ゲームになりますが、部隊規模と機動を考えると戦術級ゲーム・ライクでもあります。戦略・作戦的判断を下せる立場に焦点を合わせにくいのは太平洋戦争における日本陸軍を扱うゲームの常ですね。そのため、戦術的なルールを盛り込みたくなりますが、そこをぐっと堪えます。

そんなこんなで『ノモンハン1939』のテストプレイは進んでおります。半日で4回対戦、日本軍の1勝2敗1引き分け。さばげ隊長、おつき合いありがとうございます。

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ゲーム中盤から終盤にさしかかるところ、マップを南から眺めた図。ホルステン川南岸はソ連軍に占領されているのがわかります。ハルハ河の左岸奥には依然、小林支隊が粘っておりますが、補給も切られ、完全に遊兵と化しています。ハルハ河渡河は日本軍にとって重要なイベントですが(序盤のソ連軍兵力を分散させるという意味で)、引き際を間違えると日本軍は主戦線であるハルハ河東岸で兵力不足に陥ります。

マップ上端にはソ連軍の増援が出現、日本軍を完全包囲する準備が着々と進められております。

これだけ見ると、日本軍が完敗したように思えますが、日本軍にだけ認められる「夜襲」という名のオーバーランが奏功し、ソ連軍反撃の矛先たる戦車旅団を湿地帯で撃破。この衝撃にソ連軍のモラルが加速度的に低下していき、日本軍は包囲される寸前で持ちこたえたのでした。これが第1戦で日本軍の勝利。

第2戦、「モラルが高いほうが勝ちなら、一発だけ殴って慎重策取ったら日本軍が勝てるんじゃね?」という方針で臨む隊長。もちろんそんなことはなく、ソ連軍は余裕を持って兵力と弾薬を準備、日本軍を一蹴したのでした。

第3戦はその反省から日本軍は超積極策。小林支隊にも退却は命じず、遮二無二コマツ台を目指しますが、さすがにこれは無理というもの。引き際を間違って日本軍2敗目。

1対戦、だいたい90分くらい、長考しても120分くらいで終わると思いますが、3回も対戦するとそろそろ疲労困憊。続きはまた後日にと思っていたところ、意気軒昂にも隊長は「日本軍の戦い方が見えてきた!」と、第4戦を行うことになりました。

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その言葉通り! いろいろあって戦車第1集団がハルハ河を渡河するという快挙。さすがに小林支隊と合流することはできず、またすぐに追い出されましたが日本軍プレイヤーは大いに溜飲を下げました。結局、この川又地区で激戦が展開され、両軍ともサドンデス勝利条件を満たせないままソ連軍のモラルが下がり続け、また包囲を狙って北端から出現した自動車化歩兵旅団が第7師団に返り討ちに遭って壊滅するなど、ソ連軍は士気崩壊の危機に陥りましたが、最後の最後、重砲を伴う大反撃が成功を収め、日本軍のモラルをソ連軍と同程度まで落とすことに成功して引き分けに持ち込みました。

ノモンハン戦の意義をゲームに問うとすれば、張鼓峰事件を含めた日ソ国境紛争のキャンペーンにする必要があるように思われます。両者がグランド・デザインをもってこの紛争に取り組めるのが理想なのですが、本作はもう少しピントを戦場寄りにして、日本軍プレイヤーは小松原師団長として采配を振るってもらい、その代わりソ連軍プレイヤーには物資/増援の輸送に自由度を与えてジューコフのイニシアチブを表現しております(『日露戦争』の輸送ポイント的なこの発想は、柿崎唯氏よりアドバイスいただきました。ありがとうございます)。

自国の領土についてこれまでになく関心が高まっている今だからこそ、73年前の国境紛争を振り返ってみてはいかがでしょうかと、きれいにまとめてみたいと思います。ご静聴ありがとうございました。

by yas_nakg | 2012-08-25 08:49 | Comments(0)


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